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2008年5月 6日 (火)

大きなものの一部に含まれているという感覚が

「自分が大きなものの一部に含まれているっていう感覚が好いんです。だって自分の一生のうちに解けちゃう問題なんて、大したことないじゃない」

科学界最大の謎のひとつ「生命の起源」を追いかける生物学者・長沼毅さんの姿を追ったドキュメント「プロフェッショナル 仕事の流儀」での彼のこの言葉は、今も僕のなかに響いている。科学の巨大な謎解きに身を投じている人間のメンタリティとはこういうものか、とある種の感銘を受けたのを覚えている。(http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070918/index.html

これはちょっと自慢に聞こえるかもしれないけれど。・・ 正直言って自慢ですけど(笑)

僕の手許にあるHONDA BEAT というクルマ。僕はこれを「授かりもの」だと思っているのである。

敬愛する自動車評論の巨匠・徳大寺有恒さんによれば、HONDA BEAT の原型は、当時東京モーター・ショーに出品されたピニンファリーナのプロトタイプ「ミトス」であり、それをほぼ忠実に超ライトウェイト・ミッドシップ・スポーツとして市販したものがBEATであると。このHONDA BEATの出来映えをピニンファリーナも痛く気に入り、その工房に展示してあるのだとか。

徳大寺さんが「持たずに後悔した二台」のクルマ、その一台がBEATである。当時、初代トヨタ・セルシオ、HONDA NSX のほか多数クルマ所有していたこともあり「可愛がれないだろう」と。もう一台は、国産初のミッドシップ・スポーツ、TOYOTA MR2である。

僕が「彼女」に初めて出逢ったのは昨年の2月。デビュー15年以上が経過しているにもかかわらず、走行距離はわずか18,000kmであった。しかも新車以上に手が掛けられてレーシーな雰囲気であった。東京のオークションに出品されると聞き、ぜひにと落としてもらった。大阪に来た「彼女を」見て驚いた。想像以上に綺麗に乗られていたのだ。純正のハンドルやスプリングなどのパーツがきちんと取り置きされていた。僕は前のオーナーに敬意を抱いた。

そして、実際に乗ってそのハンドリングに感銘を受けた。こんな素敵な乗り物を世の中に送りだしてくれた本田宗一郎さんに感謝した。

そんなことだから、僕は「大きなものの一部に含まれている幸せ」を与えてくれた「彼女」を、授かりものだと思っているのである。

http://www.youtube.com/watch?v=C7XTholPJ2g

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セルシオはトヨタの最高級車である。 セルシオは年齢に関係なく憧れの車である。 トヨタのセルシオの魅力について語ってみよう。 [続きを読む]

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