« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008年5月30日 (金)

シネマの残り香 04:幸せの記憶 ~小津安二郎の『晩春』

小津安二郎の映画を観ていると、ずっと「そこ」にとどまっていたくなる感覚に包まれる。ある幸福な時間がフィルムに封じ込まれているのだ。

幼い頃、寝る前に「イソップ物語」や「アラビアン・ナイト」などの童話を母に読み聞かせてもらっていた。それが心地良い記憶として自分のなかに残っている。こういうことは子供にもしてあげたいと思う。この種のことは経験がないと沸き起こってこない感情のようである。

映画の後半、娘(原節子)の縁談がまとまり、父娘は京都に遊ぶ。旅も終りとなった夜。父(笠智衆)と語り合っていた娘は胸がいっぱいになり、涙ながらに訴えはじめる。お嫁に行っても今以上の幸せがあるとは思えない。いつまでもお父さんのそばにいさせてほしい・・と。

そこで娘を真剣に諭す父の姿が感動的である。

結婚して、そこに幸せがあるわけではない。幸せは二人で創っていくものなんだよ・・と。「幸せになるんだよ。おまえならなれるさ。いいね、わかったね」

ラストシーン。娘が嫁いだ日の夜。家に帰り、独りきりとなった部屋で父は椅子に掛け、ふと傍にあった林檎の皮を剥きはじめる。しばらくしてふいに手を止め、うなだれる父の描写。父親というのは、淋しい生き物であるなあ・・

いつまでもとどめておきたい幸せな時間。されど、LIFE GOES ON ・・『晩春』はそのことを静かに語っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

ヨーロッパ人に生まれたかったぞ

おうあっ!?ヨーロッパ選手権はどうなってるんだ。ユーロ2008だったはず・・知らない間に終わったんじゃあ・・ここはニッポンだしじゅうぶんありうる!一瞬あたま真っ白になる。慌ててパソコンはたく。ぬぬぬ・・ ああよかった!「6月7日から29日まで、オーストリアとスイスの8箇所においてUEFA Euro 2008が開催・・ 」ほんと油断ならないなあ、もう。

やっぱりこの時期に集中するんだな、ヨーロッパのメイン・イヴェントは。カンヌ映画祭、モナコGP、フレンチオープン・テニス、ウインブルドン選手権・・ そして今年はヨーロッパ選手権(EURO 2008 ・・サッカーだよ)と。ああ忙しい。

季候がいいんだな5月、6月は。悲しいかな僕は冬のヨーロッパしか知らない。曇りばかりで寒い。この花の季節のなかで、太陽がいっぱい で、すべては 太陽のせい にできるアトモスフィアのなかで スポーツ,アート&ミュージック三昧したいもんだ。

もし、ヨーロッパ人に生まれてりゃ、電車で観に行けるじゃん(笑) 夜が長いからCAFE&BARで飲めるじゃん!盆と正月が一緒じゃん!!

だけども うちらニッポン人やん!(やんやん)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月27日 (火)

夜は若く

nomgrooveアーカイブス presents:

The night is young.

夜は若く、彼も若かった

夜の空気は甘かったが、彼のこころは苦かった・・

ウィリアム・アイリッシュの「幻の女」は確かこんな風な書き出しから

はじまる

季節は新緑の5月 街は夕暮れとともに 昼間の強い日差しから

解き放たれ 幾ばくかの安堵感とともに夜の訪れを待つ密やかな戯れの

トワイライトtime のとば口に在りながら 期待感と憂愁とのアワイで

旅人たちの仕度の時を待つ ベルボーイやドアマンのように

所在なさそうにたたずんでいた

いっぽう 彼は 自らのある「計画」を胸に 気付かれるはずのない

こころの内を気付かれまいとでも言い聞かせるように あへて無表情な

風情を周囲に発散させながら そして若い人特有の挑発的な不遜な光を

そのまなざしに湛えて 凪いだような目抜通りを歩き出していた

彼の名は・・ 僕は「彼」がラスコーリニコフその人と重なってしかたがないのであるけれど・・

この五月から六月の上旬あたり、とくに日が傾きかける頃から夜更けに

かけてが 僕にとってのBest Season なんだよね

この季節になると無性に聴きたくなるのが BOSA NOVA 

どんなものでもwelcome デスガ 強いて言うなら

スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトのコラボレーションが生んだ

傑作 GETZ&GILBERTO(スペルチェック・プリーズ♪)や

パット・メセニー・グループ のAre You Going With Me の

入っている OFFRAMP などがよいですね

この時期 世界の生きとし生けるものすべてが その営みの息吹を

なんの疑いもなく ふりまきながら 「感じている」

・・アルベール・カミュが語った 「世界の優しい 無関心」を

編集 注:「茂木健一郎 クオリア日記」2007年5月25日に書かれたコメントに加筆し転載いたしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月24日 (土)

カフェマニア!のブックサーフィン

もしこの世に珈琲がなかりせば。世界はずいぶんつまらないものになっていただろう。

午後、子供たちの相手にやりきれなさを感じ(笑) ふらりと本屋へ出掛ける。近くの「ブックス・ファミリア」へ。まず雑誌のコーナーへ。NAVI、ENGINEは棚になかったので、中田英寿が表紙のNumberをパラパラと。続いて、単行本の棚へ。養老孟司さんの『養老訓』を手に取りパラパラ。「夫婦は向き合わない方がよい」・・おっしゃる通り!(笑)・・もう少し歳とってから読もうと思い、文庫、新書の棚へ。ピーター・バラカンさんの『ソウルのゆくえ』を探す。見当らずあきらめ、棚をあっちこっち。

『コーヒーに憑かれた男たち』というタイトルが目に留まる。嶋中 労 中公文庫。腰巻きにはこうある。

「関口一郎 カフェ・ド・ランブル(銀座)、田口護 カフェ・バッハ(南千住)、標交紀 もか(吉祥寺)  コーヒーに人生を捧げた頑固者 自家焙煎のカリスマがカップに注ぐ夢と情熱」

もう放ってはおけないのである。3つとも行ったことはないけれど。カフェ・ド・ランブルの名は聞いたことあるような気がするなあ。780円也(税込) 文庫本も高くなったもんだ。

「もしこの世に煙草がなかりせば・・ 世界の哲学、文学、芸術の半分以上が失われたんと違うかなあ・・」

喫煙は止めよ、といつものようにセマル四国の叔父さんにある時、決定的とも言える反論を試みた。筒井康隆のウケウリだけど。「それは詭弁じゃ。体に良くないことは間違いないんじゃから」と一蹴されたけれど。

されどあの芳しいくろぐろとした褐色の液体に紫煙はつきものである。

もしこの世に珈琲がなかりせば・・ この地上の哲学、文学、芸術のそのまた半分以上が失われたことだろう。それはやはりずいぶんつまらない世界に違いない。

>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

それは、桑田さんのなかのジョンとポールが話し合って決めたんだよ

やっぱりいま振り返れば、サザンオールスターズの『キラー・ストリート』はビートルズの『アビー・ロード』だったんだな。

うん、桑田さん自身『キラー・ストリート』の解説でそう言ってたし。・・あれっなんか久しぶりだな、このパターン

nom:どこ行ってたの?(笑)

風の:ビートルズのラスト・アルバムだってことを充分意識して作られたのが『アビー・ロード』だからね。

ブライアン・エプスタイン亡きあと、グループをなんとかまとめて切り盛りしようとしていたのはどうもポールだったようだね。

映画『レット・イット・ビー』なんかを観てると、「ビートルズであり続けることへのブルース」を感じるね。あのレイジーな雰囲気は独特だね。それが『アビー・ロード』では一転、グループとしての一体感が格段に違う。

「終わり」を設定することでモチベーションが上がったんだね。完璧なロックンロール・アルバム。

サザンのサウンドは後期になってくると音の厚味が格段に増して重くなっていくよね。ビートがヘヴィになってくる。なんか桑田さんのなかのジョン・レノン的なものとポール・マッカートニー的な部分との相克、せめぎ合いを感じるね。

そういう意味で今回の活動休止発表は・・

桑田佳祐の内なるジョンとポールが話し合って決めたんだよ。

Killer_street

Abbey_road

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

定跡のない戦いこそ ~将棋名人戦七番勝負第四局

すでに幾度も「今までに指されたことのない」一手、局面が現れているこの将棋名人戦。森内名人も羽生挑戦者も「創造的であること」を充分に意識して対局していることが伝わってくる。敢えて未踏の場所へ。そこへ自分を投げ込み、どう動くか。きわめて挑戦的な戦いが展開されている。そこには「頂上決戦」に臨む者こそが持ち得るモチベーションが隠されているに違いない。

ニュース:1日目 http://www.asahi.com/shougi/news/TKY200805200037.html

2日目 http://www.asahi.com/shougi/news/TKY200805210035.html

TV放送:http://www.nhk.or.jp/goshogi/special/index.html

>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

♪スキャットさわやか たなかりか @BAR特異点 渋谷・道玄坂 2007年6月18日未明

いままで誰も聴いたことがないような‘LULLABY OF BIRDLAND’(バードランドの子守唄)を過ぎたあたりから、このバンドのパフォーマンスは別次元に突入する。各メンバーの感覚がより研ぎ澄まされ、演奏が白熱していくのが手に取るように伝わってくる。5曲目の‘THE  SIDEWINDER’の中間部で入ってくる たなかりかの絡みつくような官能的なスキャットをきっかけに、何かが降りてくる。ある一点に向かって全員が殺到するようなグルーヴが現れる。まさしく 一糸乱れぬ演奏が展開されるのだ。

6曲目‘YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO’はトドメのメロメロパンチである。

ちょっとここで一息入れたい、というタイミングで来る7、8曲目は一転、メロディアスでフローティング感覚に溢れたナンバーである。心地良い疲労感にたゆたっていたい気分にぴったりはまるアレンジ・・

りかちゃんがマスターを「つかまえる」のを私は確信していた。途中幾度か「カッコイイ」というフレーズがマスターの口をついて出た。「いいでしょう」私も相槌をうつ。たなかりか後援会長(非公式)の私としても誇らしい気分だ。

「明日にでもタワーレコードに行ってみますよ」

「うん、ぜひとも」

いい夜である。

Photo_2 デビュー・アルバム:

ON GREEN DOLPHIN STREET

http://www.hmv.co.jp/product/detail/1869760#

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月17日 (土)

ケツラクカンを心の友と

あるときふと思った。このケツラクカンは大事なしるしみたいなものであると。たまには向き合って見つめ合ってみるのもいいんじゃないかと。

そのソーシツカンはいつからかケツラクカンとなって僕の心のなかに棲みはじめた。それはかすかにキガカンをとともなっていた。

欠落感くんコンニチハ。キミのことをこれから「ケツラクカン」と呼ぶよ。なんだかタクラマカン砂漠みたいでいいだろ。

「吹く風を心の友と」するように

ケツラクカンを心の友と

>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月15日 (木)

カフェマニア!@King Kong おっ・・さりげなくプロ 編

さて、そろそろ帰るかの一服をつけながら少し残っていたアイス・コーヒーを飲み干して、おやっと思った。グラスの氷が一部珈琲色である。クラッシュアイスとコーヒーを凍らせたのを混ぜて入れてある。たまたま?・・そうではあるまい。ちょっとした気遣いであるが、あまりお目にかかったことがない。つまり、できそうでなかなかできることではないのだ。嬉しいではないか。アイス・コーヒーを飲んでいての後半戦、解けた氷で薄まったそれを飲むのは確かに哀しい。

午後、用事を済ませて遅めのお昼を摂ろうと、R309沿い堺市美原町にあるKing Kong(キングコング)へ寄る。ウッドデッキ付き木造りのお店。アメリカン・カジュアル趣味の店内。夕方からはバー・タイムである。ビール、カクテル類は\600、ジーマも置いている。いいじゃないか。

チキンカツ・サンドとアイス・コーヒーを注文する。

人気メニューだけのことはあってチキンカツ・サンドは旨い。アイス・コーヒーの味もいい。大きめのボリュームでポップスがかかっている。ゆったりまったり過ごすのにはちょうどいい店ですね。

で、件の「アイス・コーヒーの氷」である。こんなふうな、ささやかで控えめなんだけれど、よく考えられたサービス、「プロのこだわり」に触れるとグッとくる。以前、足繁くかよっていた「ショコラ」(いまはもうない)では、コーヒーの後、昆布茶が出てきた。あとくちがさっぱりしていい塩梅である。でも、それを殊更に取りあげて誉めると値打ちがなくなる。といった類の、それこそ密かなプロのこだわり、気遣いである。

少なくとも、僕は「そこ」が気に入り、この店をふたたび訪れるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月14日 (水)

「太陽のせい」の季節 ~君は「美しきサバイバー」を見たか

Anessa_2008ver1 Anessa_2008ver2

蛯原友里2008ヴァージョンを観て、「フューチャリスト・オブ・ペンギンズ(BBC presents)」がなぜかくも「熱帯ジャングル」に殺到したのか、わかったような気がしましたね(笑)

http://www.shiseido.co.jp/anessa/

(フューチャリスト・オブ・ペンギンズ:http://www.youtube.com/watch?v=IYVBaTD0zqw&NR=1

>

ところで、寺井尚子さんが本日「徹子の部屋」に出るようです。ご用とお急ぎでない方は、ぜひ。→ http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月13日 (火)

ぶらり歩きと扇子と手ぬぐい

今朝みたいにこんなさわやかなお天気だと、ぶらりとあちこち歩いていきたくなりますね。そんなとき持っときたいのが扇子と手ぬぐい。足許は雪駄でもいいですね。もうそんな冷え込むこともないし。

扇子は絵柄も愉しいですが、扇いだときの香りがいいんですね。白檀なんかのすうっとする香り付けがされているので清涼感が増すようにできてるんですね。

去年の夏は扇子3本ほどを使い回してました。うち2本は浅草の文扇堂で手に入れました。最初の1本は仲見世通りに出ている文扇堂さんで。川面に鮎が跳ねている涼しげな絵柄が気に入って買いました。一番安いのはどれかってお店のおばあちゃんに聞くとそこに並べてあるやつだと言うから、いちいち開いて選んでいてこれを見つけたんですけど。これだけ両面に絵が描いてある。これも1,200円でいいの?って聞くと、おばあちゃん困ったような顔になった。並べ間違えたんだね。1,300円でいいって。可愛いおばあちゃんだった。いい買い物をした。もう1本は本店で鳥獣戯画の絵が入ったのを買いました。その「川面に鮎」の扇子はよく使っていたけれど、電車に乗った時にうっかり置き忘れてしまって、探したけど結局出てきませんでした。じつに残念。

いま手許には扇子は2本あります。ひとつはその「鳥獣戯画」。もうひとつは天満天神繁昌亭で買った噺家が持つようなひと回り大ぶりの扇子です。「寿限無」の例の長い名前「~長久命の長助」が書かれています。これはマア稽古用ですね、私の(笑)

手ぬぐいも使い慣れると離せないですね。すこし襟元が寒い時は巻けるし。もちろん長いのでバンダナ同様頭にも巻けます。絵柄もほんといろいろあって愉しいです。浅草・ふじ屋で買ったのが数枚ありますが、こっちでは池田の阪急池田の駅前商店街で買いましたけど、あまり見かけませんね。ちなみに、池田市には桂三枝さんが住んでいるという縁で「落語みゅーじあむ」なんてものができて町興しに落語が一役買っているようです。

こんなこと書いてたら、志ん生の夏の落語「唐茄子屋政談」なんかを聴きたくなってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月10日 (土)

「よい歌謡耳」をお持ちで ~よき聴き手、よき歌い手としての桑田佳祐

終日雨。またもYouTubeでいろいろ観る。ジュークボックスに曲を追加する。和幸フィーチャリング尾崎亜美による「タイムマシンにおねがい」と桑田佳祐の「恋のバカンス」。

桑田佳祐の弾き語り「アンプラグド・ケイスケクワタ」(勝手にそう呼んでいる)は、たくさんYouTubeに乗っていて聴き応えがある。基本的に「耳がいい」のである桑田佳祐は。よい曲を知っている。どの曲が歌って気持ちいいかよくわかっている。単なる「よいロック耳」ではないのだ。まず「よい歌謡耳」を持っているという感じ。

昔、テレビで観た「美空ひばりを歌う桑田佳祐」は秀逸だったなあ。YouTubeにあるだろうか。

ちょっと しどけなさげな土曜の午後のYouTube三昧・・ ♪りんごおぉぉ~のはなびらがぁ~ 嗚呼カラオケ行きたい。

美空ひばりの「りんご追分」:http://www.youtube.com/watch?v=jewzNLaF1pQ

桑田佳祐の「美空ひばりメドレー」:http://www.youtube.com/watch?v=zt65k2vmB8Q&feature=related

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 9日 (金)

名曲で喫茶 なき王女のためのパヴァーヌ

きょうも名曲で喫茶す。

NHK-FMで「気ままにクラシック」を聴いていると、どこか聴き覚えのある美しいメロディーが。ラヴェル自身のピアノによる「なき王女のためのパヴァーヌ」。

もう一度聴きたくなってラヴェルのCDをひっぱり出す。シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団のディスク。今度はオーケストラ・ヴァージョンで聴く。

ラヴェルとガーシュインは面識があったという。ジャズも聴いたに違いない。ラヴェルもサティもドビュッシーも、「すぐそこ」の音楽家たちである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

13歳の教室で『ビートルズ詩集』に出遭った

13歳の教室で何かがはじまっていた。

クラスの女の子が『ビートルズ詩集』を持っていた。カヴァーの写真の男はチョビ髭をたくわえ真赤なジャケットを着ていた。髭はあまり似合っているとは言い難かった。中学の教室にはビートルズの詩集が似合っていた。ただそれだけのことだったけど、見たこともない世界に触れた気がしてフッと涼しげな風が吹いたように感じた。

その女の子は髪の毛が茶色い男の子と親しげに喋っていた。その子はフーチンと呼ばれていた。僕とは違う小学校から来ていて、サッカーが上手いらしい。「すでにビートルズを知っている」ようだった。その日以来、そいつに一目置くようになった。

彼はのちに親友となる「しんとした浅草神社の境内の猫のような」福富純夫君だった。なぜ彼をそんな風に呼ぶようになったかというと、マア話せば長くなるんだけど、簡単に言うと、ちょっと・・ というかかなり、浮世離れして(笑)いまや福知山の柏原(かいばら)という田舎に引っ込んで暮らしているからなんだけど。それはともかく。

後日、阪急仁川駅近くの川瀬書店で角川文庫の『ビートルズ詩集』を手に取った。片岡義男 訳。これか・・と思った。

ラジカセを買ってもらった。深夜放送を聴きはじめた。友達に借りたビートルズの赤いジャケットのベスト盤二枚組LPを息を潜めてラジカセのマイクで録音した。カセットテープで何度も聴いた。

小遣いを貯めてレコード店へ行った。初めてLPレコード買うのだ。アルバム『ヘイ・ジュード』を買った。売り場のレコード棚の近くにはデイビッド・ボウイーも目だって並んでいてこっちに手招きしていたが怖いので(笑)近づかないようにした。

LPの真ん中には林檎のラベルが付いていた。アップル、すべてのはじまりの。レコードからはいい匂いがした。

(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

将棋名人戦七番勝負 第三局 in 福岡 がはじまった 

可能な限りウォッチしていきたいと思います。みなさんもぜひ。

http://www.nhk.or.jp/goshogi/special/index.html

http://www.asahi.com/shougi/news/TKY200805080037.html

>

http://www.asahi.com/shougi/news/TKY200805090266.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 6日 (火)

大きなものの一部に含まれているという感覚が

「自分が大きなものの一部に含まれているっていう感覚が好いんです。だって自分の一生のうちに解けちゃう問題なんて、大したことないじゃない」

科学界最大の謎のひとつ「生命の起源」を追いかける生物学者・長沼毅さんの姿を追ったドキュメント「プロフェッショナル 仕事の流儀」での彼のこの言葉は、今も僕のなかに響いている。科学の巨大な謎解きに身を投じている人間のメンタリティとはこういうものか、とある種の感銘を受けたのを覚えている。(http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070918/index.html

これはちょっと自慢に聞こえるかもしれないけれど。・・ 正直言って自慢ですけど(笑)

僕の手許にあるHONDA BEAT というクルマ。僕はこれを「授かりもの」だと思っているのである。

敬愛する自動車評論の巨匠・徳大寺有恒さんによれば、HONDA BEAT の原型は、当時東京モーター・ショーに出品されたピニンファリーナのプロトタイプ「ミトス」であり、それをほぼ忠実に超ライトウェイト・ミッドシップ・スポーツとして市販したものがBEATであると。このHONDA BEATの出来映えをピニンファリーナも痛く気に入り、その工房に展示してあるのだとか。

徳大寺さんが「持たずに後悔した二台」のクルマ、その一台がBEATである。当時、初代トヨタ・セルシオ、HONDA NSX のほか多数クルマ所有していたこともあり「可愛がれないだろう」と。もう一台は、国産初のミッドシップ・スポーツ、TOYOTA MR2である。

僕が「彼女」に初めて出逢ったのは昨年の2月。デビュー15年以上が経過しているにもかかわらず、走行距離はわずか18,000kmであった。しかも新車以上に手が掛けられてレーシーな雰囲気であった。東京のオークションに出品されると聞き、ぜひにと落としてもらった。大阪に来た「彼女を」見て驚いた。想像以上に綺麗に乗られていたのだ。純正のハンドルやスプリングなどのパーツがきちんと取り置きされていた。僕は前のオーナーに敬意を抱いた。

そして、実際に乗ってそのハンドリングに感銘を受けた。こんな素敵な乗り物を世の中に送りだしてくれた本田宗一郎さんに感謝した。

そんなことだから、僕は「大きなものの一部に含まれている幸せ」を与えてくれた「彼女」を、授かりものだと思っているのである。

http://www.youtube.com/watch?v=C7XTholPJ2g

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月 4日 (日)

イパネマ海岸のエロイーザ

イパネマ海岸近くのBAR「ヴェローゾ」で遊んでいた いいオジサン二人、ジョビンとモライスに、のちにスタンダードとなるボサ・ノヴァを書かせた娘エロイーザって、どんな少女だったんだろう・・ なんて思い浮かべてみながら。

昼下がり。だいぶ暑くなっていたので、カー・ラジオをオンにして、NHK-FMのボサ・ノヴァ特集を聴きながら、玄関周りに水を撒く。水を撒いていると不思議といつも蝶が寄ってくる。「おいしい水」。^ 彼らも涼を求めてるんだな。

美しい娘はひとに歌を書かせる。

>

春の苑 紅にほふ 桃の花 

下照る道に いで立つ乙女

(大伴家持)

その子はたち くしにながるる くろかみの

おごりの春のうつくしきかな

(与謝野晶子)

そして、The Girl from Ipanema(イパネマの娘)

>

加藤和彦はジョアン・ジルベルトに似ている。歌い方は勿論、その発散する都市的なクールネスが。

アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、スタン・ゲッツ、そしてビートルズが現れて、加藤和彦を準備した(笑)

なかなか象徴的な構図である。

おすすめのラジオ・プログラム→http://www.nhk.or.jp/fm/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 3日 (土)

にほんごポップの系譜 2 ~その相関図(スケッチ 1)

まずはじめにことわっておきますけど、これから描こうとしている相関図はあくまで僕のせまい見聞の範囲にトドマル試みであって、「音楽の多様性」というものから考えて大いに欠落している部分があるのは否めないので、そこのところをひとつ・・ (NHK-FM 「きょうは一日『DJサミット』三昧」を聴きながら http://www.nhk.or.jp/zanmai/ ←オススメです。)

でもこのカタチってどうも書きにくいなあなんて、初っ端から思って。ほんとなら手書きがいいんだがなあ・・ 

その相関図(スケッチ 1)

※破線の・・・>は音楽的影響またはつながりを、実線の─、→は直接の人的つながりを表すものとします。

(フォークル以前・背景人物など)

エルビス・プレスリー ザ・ビートルズ ボブ・ディラン 服部良一 美空ひばり 中村八大と永六輔 石原裕次郎 加山雄三 渡辺プロダクション ハナ肇とクレイジーキャッツ ザ・ピーナッツ ザ・ドリフターズ ザ・ブルー・コメッツ ザ・タイガース ザ・スパイダース(GSブーム)

・・・> ザ・フォーク・クルセダーズ(1967~1968年)-加藤和彦 ─ { 井上陽水(─忌野清志郎→坂本龍一、細野晴臣・・) 泉谷しげる 吉田拓郎 ・・・ }

※フォークルのキーパソンとして、ここでは加藤和彦に限って記述する。

・・・> はっぴいえんど(1970~1972年)-細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂 ─>

・細野晴臣 ─ {ティン・パン・アレー、山下達郎、荒井由美、大貫妙子、高中正義 ・・・}

・大瀧詠一 ─{山下達郎、坂本龍一、吉田美奈子、松本隆 松田聖子・・・}

・松本隆 ─{筒美京平、太田裕美、桑名正博、原田真二、松田聖子、近藤真彦、・・・}

※この時期、加藤和彦とはっぴいえんどのメンバーとの間に何らかの関わりがあったのかどうかは、今のところ不明である。

・・・> サディスティック・ミカ・バンド(1972~1975年)-加藤和彦、ミカ、高橋幸宏、小原礼、高中正義など

・加藤和彦 ─{安井かずみ 竹内まりあ ・・・}

・高橋幸宏 ─{サディスティックス 坂本龍一 ・・・}

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 1日 (木)

たった一曲でジャズを生き返らせてしまった女(ひと):寺井尚子

寺井尚子は、アルバム『Jealousy (ジェラシー)』一枚で、いや、冒頭のアルバム・タイトル曲「ジェラシー」一曲で僕のなかで闇に眠り込もうとしていたジャズを呼び覚まし、蘇らせてしまった。

JAZZは古典芸能化の道を歩みつつあり、暗い未来しか展望できずにいた。年寄りの慰みものとしてこのまま朽ち果ててゆくのだと。

でも表現というのは怖ろしいもので、一人のアーティストが、一つの作品が世界を一変させてしまう、というのは大いに起こりうることなのである。それを寺井尚子が再認識させてくれた。

マイルス・デイヴィスが『カインド・オブ・ブルー』でジャズの音楽風景を一変させてしまったように。

優れた表現は音楽ジャンルを、ちまちまとしたカテゴライズをやすやすと飛び越え無化してゆく。

僕の敬愛する音楽批評家にしてDJのピーター・バラカンさんが、毎週土曜日放送のNHK-FMの番組でマイルスの面白いエピソードを紹介していた。

1970年代はじめ、『オン・ザ・コーナー』などファンク色の強い音楽をマイルスはやっていたのだが、別にマイルス本人はジャズによるファンクをやろうだとか、そんな意識は全くなく、ただ自身のやりたいことを(自分がCOOLだと信じる音楽を)やっていたに過ぎない。というような話をされていて・・

素晴らしい音楽を前にするとき、ほんっと、この音楽はどういうジャンルで・・ みたいなハナシどーだっていい、のだ。

だってホラ、マイルスにしても、寺井尚子にしても、「この俺が、私が、音楽だ!」って顔してるもん。

Disc011_3 Img_top_2

http://www.t-naoko.com/

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »