シネマの残り香 04:幸せの記憶 ~小津安二郎の『晩春』
小津安二郎の映画を観ていると、ずっと「そこ」にとどまっていたくなる感覚に包まれる。ある幸福な時間がフィルムに封じ込まれているのだ。
幼い頃、寝る前に「イソップ物語」や「アラビアン・ナイト」などの童話を母に読み聞かせてもらっていた。それが心地良い記憶として自分のなかに残っている。こういうことは子供にもしてあげたいと思う。この種のことは経験がないと沸き起こってこない感情のようである。
映画の後半、娘(原節子)の縁談がまとまり、父娘は京都に遊ぶ。旅も終りとなった夜。父(笠智衆)と語り合っていた娘は胸がいっぱいになり、涙ながらに訴えはじめる。お嫁に行っても今以上の幸せがあるとは思えない。いつまでもお父さんのそばにいさせてほしい・・と。
そこで娘を真剣に諭す父の姿が感動的である。
結婚して、そこに幸せがあるわけではない。幸せは二人で創っていくものなんだよ・・と。「幸せになるんだよ。おまえならなれるさ。いいね、わかったね」
ラストシーン。娘が嫁いだ日の夜。家に帰り、独りきりとなった部屋で父は椅子に掛け、ふと傍にあった林檎の皮を剥きはじめる。しばらくしてふいに手を止め、うなだれる父の描写。父親というのは、淋しい生き物であるなあ・・
いつまでもとどめておきたい幸せな時間。されど、LIFE GOES ON ・・『晩春』はそのことを静かに語っている。
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